【馬と人の関係】自主性(2018.8.1)

ほぼ自問自答です。

馬に「自主性」はあるのでしょうか。

答え:
あると思います。でもそれは、
人と馬が共通の喜びや達成感が共有されたという経験の裏付けがなければ生まれないでしょう。

ところで、「命令と服従」の関係にある馬が、どれほど「自主性」を発揮するのか。
人の命令に対して、馬が「自主的」に服従する…
それは人にとっては理想的な関係です。
でも人側にある満足感や達成感が、馬側には…

この理想を追うとき、もしくはこの理想に捕われたとき、
人からの命令や指示に対して、馬が思い通りに動かないとき、
人は、
「馬に舐められている。」とか
「馬が自分をリーダーとして認めていない。」と落胆したり、
「ダメな馬」と相手を怒りたくなります。

でも馬が人を舐めたり、
私はあなたをリーダーとして認めない!
などと考えたりすることは、おそらくありません。

そもそも、常に100%。100%です。100%。
人の言うことを受け入れている生き物を相手に、指示通りに動かないなどということがあり得るのでしょうか。

馬が動かないのは、ただ単に、その時の自分の指示が、馬が「動けない」ように、馬が「動かない」ように「指示」しているからだと言ったほうが正しいような気がします。

馬が人の意思に沿って動かないとき、人と馬との意思疎通に喜びや達成感はありません。
人が馬の意思にそって動かないとき、馬と人との意思疎通にも喜びや達成感はありません。

人と馬が、共通の喜びや達成感を共有するという経験の裏付けがなければ生まれない自主性…

あ、馬の自主性を云々していたら、人の自主性か??
あぁ、やっぱり、馬に求めるものは自分に欠けているもの…
それを、馬は教えてくれる。

目次へ戻る

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする