【馬と人の関係】心はあるけど無言でいること(2018.10.16)

馬とグランドワークをするとき、馬に乗っているとき、馬が人の指示を聞かないことがあります。

当たり前のことですが、相手にも感情がありますし、気分もありますから、気が乗らないときだってあります。他に気が取られていることだってよくあります。馬がこちらの指示を理解できず、通じ合えていないことだってあります。(これが一番多い。)

でも、こちらとしては、馬がすんなりと指示に従ってくれれば、こんなに気分がいいことはありません。何しろ楽しいです。(^^) 人馬の一体感がいいんです。

自分の子どもと会話をするとき(夫婦の会話でも?)、私の多々ある欠点の中でも、最も大きな欠点は…
話を最後まで聞かない。途中からいつの間にか「子どもの話を聞く」から「子供に話をする」に替わっています。
子どもが「無意識のガマン」ができているときには、私は私の過ちに当然気がつきません。でも、子どもが我慢できずに、私の話をさえぎってくると、ちょっとイラつきます。(本当は私の方から先に子どもを不愉快にしているのにです。)
そうなると、親の価値観を押し付ける会話になってしまい…
最後には、話は途切れるは、子供に親の価値観は否定されるは…と、一言で言えば「あったまにくる!」、フラストレーション状態。

でも、いつでも「心」にあるのは「子供に何か助言をしてあげたい。」とか「あなたの迷いを晴らすヒントをあげたい。」など、「子どものために」というのがいつわざる気持ちです。

こんな時、
息を吸うとき私は静か…
息を吐くとき私は微笑む…

禅僧ティクナットハン師の詩です。

うちの馬の学校の生徒さんたち(小学生)に、「いつも深呼吸、静かな呼吸って言ってるけど、”深呼吸”って、何か他の言い方ないかなぁ。」と、半分独り言のような、自問のような宿題を出しましたら、何日か経って出ました!!!小6男子から!!

「心呼吸」と「信呼吸」!!!

うっ!! うぅぅ…
いい。 これ、いいね!!!
そうだね。その通りだね。!!

「心」はあるけど、敢えて言葉にせずに、「心で呼吸する」
「結果を求める」のではなく、「信じて呼吸する」

喋りながら呼吸することはちょっと難しいけど、
「心」を維持しながら静かに呼吸することはできる。

馬に指示が通らないことの一番の原因は、おそらく、人が「しゃべり過ぎている」こと。
言語ではなく、馬語(ボディランゲージ)で。
要はワチャワチャ動き過ぎていること。
すなわち、
・馬の立場から見れば、馬が一生懸命、ボディランゲージで伝えているのに、人の側に意味のない動作、無駄な動作が多い。
馬にしてみれば、話を聞いてもらっているのではなく、わけのわからない人の話を聞かされている状態。

・人の立場から見れば、心が先走ってしまい、動作に一貫性がないから、心と体が一致したボディランゲージになっておらず、馬を混乱させる。

こんな時、小6男子が言った「心呼吸」と「信呼吸」。
「心」はあるけど言葉(馬語)にしない、つまり、動かない。あるのは「呼吸」だけ。
結果を「求める」のではなく、それを「信じて」、言葉(馬語)にしない。つまり、動かない。あるのは呼吸だけ。

「心」はあるけど喋らない(無言)、すなわち「動かない」ひと時、静かに、ただ、ともに「在る」ひと時を、静かに呼吸しながら過ごしてみる。
1分でも、3分でも5分でも。
取り敢えず動かない(馬語で喋らない)。呼吸のみ。

すると…

馬が寄ってくる…
今度は私が、ほんの少しボディランゲージで動いただけで(馬語で話すこと)…
伝わる… 伝わっている!
馬が指示通り動いている!!
おぉぉ! 伝わっている。
分かるわかる!タロウとルーカスが言っていることが!

ん~、 深い。
馬との会話。

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