【馬と人の関係】共に「在る」ということ(2018.9.18)

馬と一緒にいると、とにかく心が癒されます。

でも、そこで馬に何かをさせようとか、新しいことを覚えさせようとか、「…させよう」と思った瞬間、馬に対して何かを期待した瞬間に、馬にも人にも微かな緊張が走ります。(時には大きな不安になることも。)

また、馬といい関係を築き、Happy horse lifeを送りたければ、必要なのは「無限の忍耐」、すなわち「待つこと」であるとも、よく言われていることです。

忍耐、忍耐、忍耐‥ 待つ、待つ、待つ…

馬とともに何かをするとき、忍耐することも待つことも、それは行為としては、本当に必要なことです。(大切なことです。)
忍耐の結果、待った結果、馬からもたらされるギフトを得るという経験をした時は、本当に喜びに満ちた瞬間(永遠に続くかのような)となります。

でも…

忍耐も、待つことも… 辛いんです。

そんなに忍耐できたら… 待てたら… 苦労しません。

いくら忍耐の後に、待った後に、喜びのギフトがあると言われても、それを何度か経験していたとしても、忍耐のさなか、待っている最中は、それはそれは結構つらいものです。

思い通りに進まないとき、結果が出ないとき、
人は、
腹立たしくなったり、
誰かのせいにしたくなったり、
自分を責めて泣きたくなったりします。
なにか、だれかに八つ当たりさえします。

人がそんな気持ちで大揺れのときでも、
馬はと言えば…
ただ、ありのままに…
そこに…
「在る」。

ただただ… ありのまま… ほんとにありのまま… 100%ありのまま…

ん?!

ん!?

あ、そうかぁ!!!!
自分も、ただただ、この状況で、ありのままでいればいいのか。
もう何分費やした!という「ストップウォッチ」の考え方や、
あと何分しかない!という「タイマー」の考え方を止めればいいんだ!!!

時間が気になるから、結果が気になり、
結果を気にすると、せっかくの馬との関係が、
必然的、自動的に「時間」との関係になる。

結果を気にするから、忍耐であり、
時間を気にするから、「待つ」ことになる…

「経過時間」と「残り時間」という感覚を消せばいいんだ!!
そうすれば、最初から時間が気にならないから、待つことにはならない!!!
結果を待っていないんだから、忍耐にもならない!!!

時間というものの感覚から離れたら…
結果を求めるという執着を離れたら…
ん!
ただ、馬と共に「在る」!!
ん!!!
この感覚は、確かなものだ!!!!

ただただ、ともに「在る」…
自分はいま、確かに、馬と共に「在る」。
あ、感じる… 馬の息吹を…
感じる… 馬という存在、そのものを…

求める「結果」も、そして、減っていく「時間」もない馬とのひと時…

おぉぉぉ!!!

ルーカス!! すごい!!
タロウ!!! できるじゃないか!!!

求めていた結果を離れ、気にしていた時間から離れ、
共に「在る」状態…

なぜか、あれほど焦って求めていた結果を難なく見せてくれるタロウとルーカス。

止まらない涙…

ありがとうタロウ。ありがとうルーカス。ありがとう。

共に「在る」って、ただただ共に「在る」って、こういうことだったんだね。

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